住まいの中でその位置を確実にしてきた居間であったが、そこには家族の中心として力を振るった明治期の父親とは異なり、母親が陣取り、やがて、テレビがそれに取って代わった。また、この頃から、居間は名称も「リビング」と称された。そして、テレビのある風景が家族団梁の風景として定着するほど、テレビは居間の最も重要なものとなった。また、リビングの定着の中で、あらたに「モダンリビング」と呼ばれる接客をも意識し、また、デザインの質の高い居間を住宅の中心に据える住まいも増えた。
JR相模線(寒川)の新築一戸建て
小田急線(相模大野)の新築一戸建て
名鉄犬山線(犬山)の新築一戸建て
京王線(聖蹟桜ヶ丘)の新築一戸建て
京急久里浜線(北久里浜)の新築一戸建て
それは、単にリビングをつくるのではなく、アメリカ住宅の質をも受け継ごうとした試みでもあり、アメリカ住宅のリビングの象徴でもあった暖炉を設ける例もしばしば見られ、上流層の住まいとして静かに定着していった。一方、テレビを中心とした居間は、経済的な豊かさの中でさらに変化することになる。テレビが廉価となりパーソナルなものとなり始めると、家族をつなぎとめる力を急速に失いはじめる。それは、常にいた母親がパートや仕事で居間を留守にしはじめた時期とも重なる。子どもたちは、テレビを個室に移動し、居場所も個室へと移しはじめた。もはや、テレビだけの誰もいない居間はバラバラの家族を集める力を持ちえなくなってしまったのである。それとともに個室の居間化がはじまったといえよう。